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2007-07-28
柩の列島
- 2007-07-28 (土)
- くらし
地震と原発の危険性について、30年近くの間警鐘を鳴らし続けている、
広瀬隆さんの柩の列島―原発に大地震が襲いかかるとき
を読んだ。
今回の地震と原発事故の後、
神戸在住で阪神大震災を経験されたマイミクさんの体験談を読んで、
あらためてあの時感じた胸を締め付けられるような悲しみを思い出した。
と、同時に、もしあの地震が原発の真下で起こっていたらという恐怖が、
12年後の今になって襲ってきた。
この本は、阪神大震災が起きた2ヵ月後(1995年3月)、
まさにその衝撃のさなかに書かれた本で、
緊迫した状況がリアリティをもって表現されている。
ちょうど、今、タイムリーに読むべき本ではないかと思う。
わたしは、約20年前、志賀原発が建つ前に、
この3月に能登で起こった地震と、
それによって引き起こされる志賀原発の事故の可能性を、
目の前で広瀬さんご本人の口から聞いたので、
この人の言うことは信用できると思っている。
志賀原発は、幸いにも、2つの原子炉が点検中で止まっていたという、
偶然とは思えないような偶然で事故には至らなかった。
けれど、2度目にはそうは行かなかった。
この本の中でも、今回事故を起こした柏崎原発について触れている部分がある。
引用してみると、
>新潟県の柏崎刈羽原子力発電所では、一号炉の敷地の中を、真殿坂断層が走っている。これが活断層である。
ところがこの原子炉を運転する東京電力は、さまざまな権威ある学者を動員して、活断層ではないことにしてしまった。
そのほか全国の活断層でも同様である。たった今、その断層が動いたために目の前の舗装道路が沈み込んだり、大きな亀裂が入りつつある”動く証拠”という動かぬ証拠がある場合でも、電力会社と官僚は、「それは死んだ断層だとみなしています」として活断層地図から、亀裂を消しゴムで消してしまうのである。<
(柩の列島 広瀬隆著 P83より)
東電の事故後の発表では、確か、海底にある断層を発見できなかったというものだった。
ところが、最初から断層はしっかり原発敷地内を通っていたのだ。
地震後、敷地内の道路が波打っていても、なんら不思議はない。
しかも、今日の新聞では、地震当時点検中だった一号炉は、核燃料を炉に戻す直前で、
地震によって原子炉内の水もあふれていたらしい...
ほとんどの原発で、電力会社、官僚、一部の学者が組んだ、
同様の活断層隠しが組織的に行われている。
最初から、建ててはいけない場所に無理やり原発を建てるため。
六ヶ所の再処理工場の敷地内にも、高濃度の核廃棄物が埋められているすぐそばを、
存在しないはずの2本の活断層が通っている。
こんな状態を何十年も放置しておいて平気なんて、
外から見たら、日本人は気が狂っているとしか思えないだろう。
神戸の街は、震災後、見事に復興して、
この国の一つの光となってくれた。
けれど、一旦原発のメルトダウンがおこれば、
未来永劫、日本の大地と海は汚染され、
この土地に住むあらゆる生物の命は放射能に蝕まれ、
子供達は未来も住む場所も失ってしまう。
それは、一つの国の完全なる滅亡であり、
復興なんてありえないのだった。
広瀬さんも、原発の地元で何十年も反対運動を続けてこられた方々も
「なんで、それがわからないのか?」という絶望的な問いの中で
日々、薄氷を踏むような思いで過ごしてこられたんではないだろうか。
今、変えなければ手遅れになる。
そう思う。
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